命題「人の迷惑にならなければ何をしてもいい」の対偶は「してはいけないことは全て人の迷惑になること」であるので、これだけ見ると別に問題のあることは云ってない訳ですが* 、でも実際こういうこと云う人は「人に迷惑をかけるのはいけないことだ」という前提の上でものを云ってる感じしますよね。
いやそりゃあ「人に迷惑をかけずに」生きていけるなら理想的ですけども、それって可能なのかな。というかここで云う「人」とか「迷惑」って何だ? 生きてたら大なり小なり他人に迷惑なんてかかって当たり前なものじゃないの? 「迷惑をかけなければ何をしてもいい」って云っても「人に迷惑をかけない」の範囲が原理的に、或いは現実的に不可能ならば「何をしてもいい」なんて言葉には何の意味も無い訳ですし。
もちょっとはっきり云いますね。僕は人間が(少なくとも社会の中で)生きている限り他者に迷惑をかけないなんて不可能だと考えているので、「人に迷惑をかけない」とか平気で云う人を原則的に信用しません。で、そういう人に「迷惑をかけなければ何をしてもいい」とか云われても、なんつーか、全然意味わかんないというか、それ何も云ってないのと同じ、どころかそれで何か云ってるつもりになられてるなら、むしろそっちのが困るというか性質が悪いんじゃねえかな的な* 。
思うに「人に迷惑をかけない」が可能だと思ってる人って、「人」の範囲か「迷惑」の範囲か、少なくともどっちかの認識がすごく狭いんじゃないかと。そして「人」と「迷惑」の範囲設定って、多くの場合あんまり独立に定まるもんでもないんじゃないか、と思うんですよね。
「人」の範囲設定が狭いなんて云うとなんか差別主義者みたいですけど、いや結構そういう人多いと思うんですよ。僕だってそうそう他人のこと云えた筋合いでもないですし、もっと云うと「人」って云った時に自然に多様な人類の全てを包括したイメージを持てる人ってものすごく少ないんじゃないですかね。
自分の属する性別、人種、国籍、文化、言語圏、性的指向、社会的/経済的/知的/世代的/地域的集団、その他いろいろ。例えば「常識」なんてものがそうであるように「人」という言葉によって喚起されるイメージも前述のいろいろな要素によって恐ろしいほど自然に束縛されます。日本国籍・日本語話者・関東地方在住・大学卒・30代・シスヘテロ男性(腐属性持ち)の僕には、特に意識していない場合は日本語(標準語)話者・シスジェンダー・ヘテロセクシュアルの「人」というのを想定してしまいやすい。それは同時に「それ以外」を排除することと同義です。また日本語を読めない人、難しい漢字や単語を読めない、知らない人、PCを使えない人のことは日頃意識に上りません(このサイトのHTMLコーディングが携帯対応していないことからもお解りかと思います)。あと今だにIE6とか使ってる人とかな! 逆に年収1億以上の方、日本語に堪能な外国籍の方、PCに精通していてUAの見た目カスタマイズしてご覧になってる方のこととかも普段意識にはなかなか上りません。
だいぶ話がずれたので「人」と「迷惑」に戻ると、要するに自分の「身内」「仲間」または「クラスタ」的なものを基準に「人」を設定するというのは誰にでもありがちなことで、そしてその「人」を基準に「迷惑」の範囲設定をすると往々にして間違えるものなんじゃないかな、と。
個人的にやだなー、と思うのが、子供の躾とかでよく云う「自分がされていやなことは人にしちゃいけません」っていうやつ。
これさ、「人」は「自分」と同じ感覚を持っているという前提のもとでしか有効じゃないですよね。まあ子供の躾の一番最初の段階としてはわかりやすいしアリなのかも知れないけど、自分がいやなことと人がいやがることが食い違うことなんて実際そうそう珍しいことでもないし、極端な話、いやなことと嬉しいことが自分と他人で逆になることだってあり得ない話じゃない。
少なくともいい大人* になっても「自分がいやなことを人にするな」みたいなこと云うのって想像力の貧困を吹聴して回ってるようなもんだと思います。
じゃあどうしたらいいかっていうと「相手がいやがることはしちゃいけません」とかが妥当かなーと思うんですけど、これ「人に迷惑をかけちゃいけません」とすごく良く似てますね。あら困った。
ただここで「自分のいやなことを人にしちゃいけません」は先述の「人」の範囲を恣意的に設定してるケースで、「相手がいやがることをしちゃいけません」は、少なくともそこの設定において1段ケアというか認識のレベルは上がってるんじゃないかなーと。
えっと、結局「人に迷惑をかけなければ何をしてもいい」の何がいやなのかって、一見寛容そうなふりして実情は全然寛容じゃないとか、それどころかえらく身勝手な都合を押し付けてくるところなんだろうなーと。あと「してもいい」って、その許可を下さるあなたは何様ですか的な。
ナチュラルかつ華麗に当事者の場から退避した上で「別に行動を制限はしないけどー、迷惑かかるのやだから○○と××と△△はやめてね」みたいな。
繰り返しますけど、他者に迷惑をかけずに生きていけたらそれは理想的ですし、ある程度はそのために努力した方がいいとは僕も思ってます。でもそれってそんな云うほど簡単な話じゃないし、それよりはみんな適度に迷惑かけたりかけられたりして「しょうがないなー」とかぼやいたりもしながらぼちぼちやっていく方がなんかいい具合だと思うんですよ。
少なくとも「人に迷惑をかけなければ何をしてもいい」とかよりは、僕はそっちのが好きだなー、よっぽど寛容っぽい感じがするなーと。
難しい漢字とか言回しを少なめ、口語調でくだけた文章を試みてみたらなんか疲れました。あんまりまとまってないけどとりあえずポスト。